使えない善意 しかし、成歩堂の視線は、響也に向けられてはいなかった。斜め後ろを向いたまま何かを伺うように動かない。 「な…る?」 哀願にも抗議にもとれる響也の問いを、成歩堂の人さし指が押しとどめる。 「靜に。」 「こっち、こっちに店あったんだよ!」 成歩堂の背中から響いた声に、響也は凍り付く。アスファルトをおぼつかなげに進む靴音が数人分耳に届いた。 「ナイナイ、そっちなんもないから。」 「いーや、ある。絶対ある。」 酔っぱらいらしい舌足らず声がすぐ側に聞こえ、響也は自分の身体がカタカタ震え出すのを感じた。きっと顔は蒼白になっているに違いない。 もしこんな姿を見られでもしたら…半ばパニック状態の響也の頬に、熱を帯びた男の手が当てられた。 「大丈夫。そんなに脅えなくても直ぐに通り過ぎるから。」 優しくあやすような成歩堂の声が耳元でしたかと思うと、背中に腕を回され抱き寄せられる。後頭部に手を添えて胸元に押し付けられた。そうして、往来から響也の姿を隠すように、街灯が壁に落とした影に身を寄せた。 しかしそうすると、響也は耳元に成歩堂の熱い吐息を、直接耳元に感じる事になり唇を咬んだ。先程まで与えられていた刺激で、身体は敏感になりすぎていた。 逃げるように成歩堂の胸元に深く頭を沈め俯く。そこまでしないととんでもない声を上げてしまうな気がして恐かったのだが、今度は普段以上に早まった成歩堂の鼓動をまともに感じるはめになり、緊張感が増した。 ぎゅっと指先に力を込めた響也の髪を成歩堂は宥めるように撫で上げる。 髪が長かった頃は、毛先に指を絡めるようにしていた成歩堂の指先が、項に向かって柔らかな手付きで何度も落とされる。側を通り過ぎているはずの声が、どこか遠いもののように響也には感じられた。 どれだけの時間が過ぎたのか、完全に遠のいた足音に成歩堂は少しだけ響也から身体を浮かせた。 「行った…の?」 緊張のあまり喉に絡む響也の声に成歩堂は口元を緩ませる。 しかも先ほどとは比べ物にならない性急さで、響也の足を持ち上げて少しだけ腰を浮かせ、片足からズボンごと下着を抜き取って自分の肩に担いだ。 「………!」 事態についていけず、それでも反射的に響也の体は逃げようとするけれど、元々は狭い路地の壁に背中を押し付けられた状態。逃げる術はない。 「やめ…待っ…てっ」 待ってくれという哀願は、口付けの中に飲み込まれてしまう。 まだ、近くに人がいるのにと、目の前の男にそう訴えかけても、成歩堂は故意に無視をきめこんだ。 体を更に押し付けて、響也の足を抱えなおす。あきらかにその口元が笑っている成歩堂に、響也が柳眉を逆立てる。胸元に顔を押さえつけていたせいで、その熱い吐息受けた成歩堂が、俄然はりきることになったのだと気付いた時には、もう遅すぎた。 「…こ、こ…の…変態!」 しかし、抗議の声はそこで途絶えた。 快楽を知っている身体は容易に成歩堂を受け入れてしまう。徒声を漏らして登りつめていく響也の耳元に、成歩堂の声が途切れながら聞こえた。 「…髪、短い…と、未成年の君とやってるみたいで、犯罪者な気分は興奮するね。」 児童性的虐待って刑期どれくらいだっけと、嗤う男を殺してやりたいと、響也は思う。 「わ…ざわざ言わなくていいよ。そんな事っ…。」 「褒めてるのに。」 「…何処がっ…あぁ…。」 最期の声は噛みついた首筋に吸い込まれ、体を密着させた成歩堂は響也の断続的な震えごとその体を抱きこみ、しばらくその感触を楽しんだ。 そうして、息が整ってくるのを見計らって響也の頬に口付けを落とす。 「…」 返事は無い。しかし答えるように、空いた腕がそっと成歩堂の首に回された。その顔を覗き込んでひそりと言う。 「僕は君に牙琉を重ねてなんかいない。今も、昔も。」 成歩堂の言葉に響也は目を見開いた。 終わったら浴びせかけてやるつもりで、ありったけの罵詈雑言を準備していたのに、そんな一言で抗議の気力が奪われていくのが、我ながら信じられない。 「僕は立てないんだけど、誰のせい?」 悔し紛れの抗議を吐いても、成歩堂は澄ましたものだ。 「じゃあ、君の家に行こうか。一晩中介抱してあげる。何と言っても僕は善良だからね。ああ、そうだ。辛かったら明日は検事局へ付き添って上げてもいいよ?」 にこにこと嬉しそうに返されて言葉に詰まった。成歩堂龍一はそういう男だったのだ。どうせ何を言っても仕方ないと響也は立ち上がる。 「アンタは家に帰らなくてもいいのかい?」 蹌踉めいた身体を成歩堂が支えたので、取りあえずそう聞いてみる。奢ってやった焼き鳥はとっくの昔に行方不明だから、手土産がないと帰りづらいのかもしれないけれど。 「今夜は、君を手離したくないんだ。これが最後かもしれないだろう?」 諦めの溜息が深く響也の口から放たれる。 「アンタってホント、狡い大人だよ。」 〜Fin
content/ |